個性的な先生
自分が高校時代の塾にかよっていて思い出すのは、個性的な先生のことだ。
確かにいまここでは「個性的」と述べたが、正確に言うなら「おかしな」と言いたい。
オジサンは、どうしてもそういう先生方をみると、ほっては置けない性分なのだ。
やはり、みんなの前でモノマネをしたくなってしまうのだ。
当時はそれほどグレードが高くなくても、バカ受けだった。そのグレードは大学の教授、バイト先の店長。自分の勤めている会社の上司、取引祭の部長にいたって、徐々に上手くなってきていると自負しているが、やはり受けたのは、高校時代の塾が最高潮だった。
ま、それほどおかしな先生が多くいたと言うことだろうか。
まったく、授業が飽きずに受けられたのは、そんな先生方のパーソナリティーによるものだし感謝に堪えない。
中でも、英語の担当講師がかなり面白かった。いち早くマネをして友人の間で評判をとったものだったが、ふと凍り付いたことがあった。
さっきまでは腹を抱えていた友人達が、不意に笑わなくなった。
おそるおそる自分の背後をみると、そこにはその講師の眉間にしわを寄せた姿があった。
一言も出なくなった。目を見開いたまま、どこかに消えたい。そんな気持ちだった。
ますます厳しい表情になるその英語の講師は低くシブイ声で一言
「やるならもっと上手くやれ。いまのは赤点だ」
なんとも粋な先生であった。